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Book Review

奥村晃作歌集『空と自動車』

うまい歌のとても少ない歌集である。
つまり、奥村晃作は決して歌はうまくない。
では、下手かと言うと、一言では言えない。

つまり、上手く書くことを嫌っている節がある。そうして、長い間書いているうちに上手く書くことも、もはやできなくなってしまったのである。言わばヘタウマである。確かにヘタウマという行き方はある。マンガではそれで一家を成した作家も多い。

ヘタウマ路線をゆくうちに、開き直ってただごと歌、なんて旗印を立てたのがマイナスに働いたということであろう。この歌集で見る限り歌に深化と進歩があまりない。ただ、いくつかの歌が矢場で極くまれに的の真ん中を射るように詠われてきた、というのが正確な言い方かもしれない。

  次々に走り過ぎゆく自動車の運転する人みな前を向く

発見や認識の歌というより、「そう言われればそうだ歌」ではある。これは、有名な歌である。次の歌などは、確かに人の歌わない見方を詠ったところに意味がある。

  とべら咲き車輪梅咲く岩鼻に重さ六トンの柊二歌碑立てり

もちろん師匠である宮柊二の歌碑であるが、それを重さ六トンと持ってくるのはなかなか非凡だ。歌碑はおおよそ尊敬・畏敬の対象とみるところを、重さで見るところがよい。

  どこまでが空かと思い 結局は 地上スレスレまで空である

凡作の山のなかで、ふっとこんな凄い歌が出てくる。まあ、ものごとは紙一重です。これはすばらしく面白い把握だ。しかし、これを自分で認識の歌だなどと言うから、せっかくの歌に余計な評価が入る。そして作者自身はといえば、不満も出る。

  「奥村はふびんな奴だ」その歌の「ただごと歌」が無視同然で

自分の不遇を戯画化して書いているのであるが、本音でもあるわけだ。しかしこれは発見だという歌もたしかにある。次の歌は、あまり省みられていない歌であるが、とてもいい。

  轢かるると見えしわが影自動車の車体に窓に立ち上がりたり

地面にある影が轢かれると思った瞬間、その影が敏捷に立ち上がる様が速くて、歌を読んでも一瞬とまどうほどだ。それが無駄なく、うまく単純化されている。
次の歌でもそうだが、初期の頃は気づきの歌を丁寧に詠んでいる。

  真面目過ぎる「過ぎる」部分が駄目ならむ真面目自体(そのもの)はそれで佳(よ)しとして

これらの歌の面白みを、周りの評価によって気をよくし、それ以上深化しなかったというところに、本人の思う今日の不遇があるのだと思う。そうして万葉集第一歌の藤原鎌足のように、自画自賛の世界を引っ張り出してくる。

  われはもや「わが歌」得たりひとみなの得がたくあらん「わが歌」得たり

短歌には、楽しみの代わりに安住はない。不幸にしてということだろうと思う。自分で自分にレッテルを貼って、安住している場合じゃないぞ、奥村!
歌に好意を持ったので書いているわけであるが、以上が歌集評であると同時に、わたくしの奥村晃作論である。
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by Achitetsu | 2008-10-25 16:54 | 歌集評